アテネにいるときは、(友達といるとき別ですが)ほとんどギリシャ料理を食べません。
息子と二人で日本料理を食べに行きます。
それは決して日本料理が恋しいというわけではありません。
以前はかなりの食文化の違いにギリシャ料理を食べるのが難しい時もありました。
私は日本料理が恋しくて、やっとアテネで食べれたという思い出。
息子はアテネに来るときの日本料理屋さんに行くという思い。
特に息子のアテネの日本食屋さんについて思い入れはかなり深いものがあるようです(笑)
私はシングルマザーで息子の父親とは別れておりますが、息子は父親ともギリシャに行ったりもします。
その時もずいぶんと日本料理屋さんでの喜びようがかなりのようで、あとでその喜びようを教えてもらうほどです。
ちょっと話が飛ぶかもしれませんが、私は子供の教育について、金持ちでもないのにとても深く国際学校を希望しました。
「英語がしゃべれるようになるから」
というような気持ちはありませんでした。
私は、シングルマザーで子供を産み、その子供はギリシャと日本のダブルです。
ギリシャの文化も知らなければ、ギリシャ語、いえ英語も(当時は)わかりません。
ギリシャには行ってはいるものの、私が一人で決めていることは何もありません。
ギリシャ語も英語もわかりませんでしたが、どうやらかなり違う文化らしいということは肌で感じます。
子供はギリシャと日本のダブルです。
どうしよう・・・。
どうしよう・・・。
私は子供と二人でギリシャに残ることに決めました。
子育ても初めてなのに乳飲み子かかえてギリシャです(苦笑)
それでも、自分がギリシャで肌で感じたことがのちに繋がればと・・・。
ギリシャ語も彼が話ができるように傾けました。
教えるといっても、そこまでのギリシャ語のボキャブラリーはありません。
お風呂に入るときには必ず日本流の10まで数えるをギリシャ語で数えました。
発音は日本式のそのまま
「イーチィ、ニィー、サァーン」
が
「エーナー、ディーオ、トゥーリーア」
でした。
2歳で初めて数を息子が10まで言えたときそれはギリシャ語でした。
私は、彼(息子)がギリシャ語を初めてしゃべったのがギリシャ語だというのを喜んでいたのではなく、私は彼にギリシャ語をしゃべるツール(手段)をプレゼントしたと思いました。
「ギリシャ語」
を話せば
たとえそれが一つの単語でもささやかなコミニケーションがとれます。
10を数えられるようになった息子はギリシャ人からさまざまなギリシャ語を学びました。
数を数えることができると知れば、皆が息子に数を数えてくれます。
息子も数を理解しているので、聞けば面白いです。
「ナ ト 〇〇ムー(私の〇〇) キタ 見て (親指から順に立てながら)エナ ディオ トリア テセラ 1.2.3.4」
これで、
「ナト、キタ」
を覚えます。
今は完ぺきではありませんが、どうやら文法は私より彼がよろしいようです(苦笑)
そうして、子供の学校についての選択をしなければ習い時、ギリシャ、日本を含めて考えて、国際学校を希望しました。
ギリシャに住みのちに私が思った私の希望は
「アイデンティティ(自己の存在意識)」
をもってもらうことでした。
それには、一番国際学校が彼には将来的にあっているのではないかと考えたからです。
そう考えてから8年。
今現在の彼は
ギリシャ人として国際学校に通い、日本人としての誇りをもち(本人談)、中途半端な英語を使い・・・・。
近所のご婦人たちに育ててもっらている。
わたしじゃない(苦笑)
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