書類書き終わりました!

書類作ってました。

脳のしわが少ない私はこの書類作りに相当手間をかけてしまって。。。

一応3か月の予定をしていましたが、仕事との併用でその2倍の6か月!かかっちゃいましたwobbly

書類を出せたのは6月1日。

やっと一段階クリアです。

でも、まだ一段階。

それでも、書類をだせた喜びはひとしきり嬉しいものです。

早く彼女に会いたい。

早く彼女と仕事がしたい。

何年まったことでしょう。

私の子供は中学生になり、彼女は二人の子供のお母さんになりました。

もう、神様は私たちをまた合わせてくれてもいいのではないでしょうか。

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あけましておめでとうございます

ΧΡΟΝΙΑ ΠΟΛΛΑshine

新年明けましておめでとうございます。

昨年もいろいろなことがありました。

相も変わらずおつきあいをしてくださる人。

ちょっと疎遠になってしまった人。

もう少し頑張って距離を埋めようと思ってくださる人。

会いたくても会えない人。

そして、新しい出会いもありました。

今、実家に帰省し、のんびりしていると、韓国から、アメリカから、フィリピンから、そしてギリシャからおめでとうの電話をいただいています。

これからも、みなさんとお付き合いできますように願っています。

今年もどうぞよろしくお願いいたします

danae

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クリスマスパーティ 

カラ クリストゥエナ メリークリスマスxmas

前日、朝5時に起床、息子を起こしリムジンバス乗り場まで送る。

クリスマスイヴのお仕事が終わり、また起床はクリスマス恒例の5時起き。

当日仕込んであるターキーをオーブンに入れ、一人紅茶を飲む。

今年はのどの調子が悪くコーヒーではなく紅茶。

ギリシャに滞在しているころからすぐに病院に行き抗生剤をもらう習慣がなくなった。

レモンと蜂蜜をたっぷりいれた紅茶をゆっくりと飲む。

昨日も作ってみたグラヴエス(ギリシャのクリスマスクッキー)。

一年に一回しか作らないのでいまいち手が覚えていないようで、オーブンの温度が高かったみたいである。

今日もこねる。

ナッツを入れて、グローブを真中にさすのが私流。

081225_123201 最初はずいぶんと手間がかかると思っていたクリスマス料理も、手間の時間が幾分楽になってきた。

最近、時間がなくてもご一緒してお食事がしたいと思う人がいる。

いつも温厚なその方に聞いてみた。

「仕事で怒鳴ったりしたことないんですか?」

するとその方は

「そうですねぇ、3回ほど真剣に怒るというんでしょうか、このままでは会社存続が危ぶまれると感じて3回ほどですかねぇ、ありますよ」

と話してくれた。

「やめさせないんですか?」

との私のまたの問いかけに

「いいえ、やめさせません。基本的にやめさせません、努力をしな人は別ですが」

とのこと。

このお話を思い出させてくれたのは、子供たちのギリシャ語講座。

081225_112301_2

ギリシャ語を子供たちに教えくださるギリシャ語の先生は、大きな大きな荷物を抱えてやってきた。

CD、子供たちへのクリスマスプレゼント、クリスマスのヒストリー。

ほとんど、ボランティアに近いこの作業は将来の子供たちにとって大きな役割を感じる。

今年は息子が不在のため、子供が少なかったが(私じゃだめらしい 苦笑)一人息子しかいない私を大家族のような錯覚にさせてくれる、近所の子供たちにも感謝するクリスマスである。

やはり、今年もやってよかったなぁと感じさせてくれる行事のひとつである。

カラ クリストゥエナ ホロニャ ポラ

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え。。。そんな。。。

10月を過ぎたころ、忙しさはピークを迎え。。。

12月になった今、次から次へと埋まるスケジュールにこなすだけが精いっぱい。

その中でもいつも私が念頭に置いているのが、クリスマスパーティ。

クリスマスの行事はやっていきたいと考えています。

「今年も参加させてね」

「もちろん、来てよ~」

なんて言っていた矢先。。。

子供の父親からの電話。

「クリスマス、一緒に(息子と)海外旅行に行くから」

えー!?えー!?どういうこと???

なんでもっと早くに言わないの!?

もう企画しちゃってる。。。しかも今年はギリシャの子供たちのギリシャ語講座もあり2回に会をわけてする予定なのに、どーいうことなの?

と頭を抱えてしまいました。

大好きな父親と行く旅行に

「昨年、クリスマスってやったけ?」

とまで息子は言う始末。

「どーすんのよ!」

企画で動く側の自分としては、口が荒くなってしまう。

「え、しょうがないじゃない」

とのこと。。。

しょうがない。。。だけ。。。

だけなんだよねぇ。。。。

後日の電話に

「しょうがないじゃない、いってらっしゃい」

と言いました(苦笑)

「そうでしょう」

と言われた時には返答はしませんでしたが(苦笑)

まぁ本人(息子)も喜ぶことでしょうから、よしとしましょう。

今年は、息子なしのクリスマスパーティになりそうです。

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ふぅ~

ふぅ~。。。

やっと7月に行ったギリシャ滞在が書き終わりました。

気がつけば12月。

ギリシャから帰り、ずいぶんと気持ちがすっきりしました。

ギリシャの友人。

日本でのギリシャでの仕事。

在日ギリシャ人。

在季日本人。

ギリシャから日本にくるギリシャの人たち。

山手駅で待ち合わせをするとヨーロッパの風を彼女たちは持ってきてくれます。

日本に住んでいるギリシャの人たち。

「私はお母さんが日本人でお父さんがギリシャなんです」

「私の顔ってギリシャ人でしょう」

日本語で微笑みます。

受容にしろ、非受容にしろいろいろな考え方があるんだなぁと、そして一つの答えはないんだなぁと感じています。

そんな気付きにも似ているようなものを感じさせてくださった、ギリシャの皆様に感謝です。

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エラーザ38帰国

短い期間。

やはりギリシャに行くと大移動になる。

それでも、大移動できるようになった自分がうれしくて。

大移動を助けてくださるお友達に感謝して。

やはりここでも一人では何もできないということを痛感し。

わざわざ、空港まで来てくれる友達にまた感謝をする。

空港に来るとこんなに日本の人たちがギリシャへ観光に訪れていたのかと驚く。

「見て、見て」

二列にきちんと並んでいる日本の観光客の人たちの後ろに、海外遠征にでも行くのであろうか中高生位の子供たちと父兄がスポーツユニフォームを着てバラバラに受付を待っている姿を見て友達が笑う。

「私たちは(並ぶことが)出来ないんだよ エミース、ゼンボリ」

あまりにも違う並び方にちょっといたずらに友達が笑う。

「私たちはできるよ エミース ボリ」

ちょっと首をかしげて 私も笑う。

大したこともない話をしていたのが、だんだんと口が重くなる。。。

今度会えるのはいつなのか。。。

友達の涙についもらい泣き。。。

来年もいけますように。。。

エフハリスト ありがとう

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エラーザ37 出会い

今回は仕事も含めてのギリシャでの滞在。

残念ながらギリシャでお世話になっていた人たちに会う時間がなかった。

お土産は日本の和菓子。

それが希望であった。

少しの洋服とたくさんの和菓子とCD。

栗饅頭に一口よもぎ、etc。

会って渡すことができなかったので電話をする。

「来ていたのは〇〇さんから聞いていてね、そう、パトラには来れなかった、残念だね」

今年は二男の方がご結婚をされたとか。

「〇〇島で挙げてね、友達はもうそれは大勢で、もうどんちゃん騒ぎよ、私たちは2時くらいまでホテルに戻ったけどね」

うれしそうにお話をしてくれる。

「パトラにはもう一人日本人がいるのよhappy01

そう教えてもらい彼女の自宅に訪問したときは、不思議な感覚がした。

郊外にある家から、ギリシャ家族と出てきた彼女はほんわかとした日本人だった。

そう、何の気負いもなく、

「こんにちは、はじめまして」

そして彼女は私の頬にキスをした。

「ひと段落着いたって感じですよね」

そんなことを思い出しながら、話を続けた。

「ええ、いろんな困難がありましたけどね、それは、長い、長い、道のりでしたけど、本当に一歩一歩でね、無事に元気で巣立って行きましたよ」

軍事政権からギリシャに住み続けた彼女の言葉は心に響きいい気持になる。

日本に戻りギリシャの仕事をしている今、仕事をしていなかったギリシャでの出会いは、私にとって特別なものとして、そして今も継続している。

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エラーザ36

ギリシャ人として国際学校に通い、日本人としての誇りをもち(本人談)、中途半端な英語を使い・・・・。

近所のご婦人たちに育ててもっらている私の息子は、日本をこよなく愛しています。

昨日も

「お母さん、やっぱり僕日本てすごいと思う」

このフレーズから始まると、日本がどれだけ素晴らしいか物語がはじまります。

それは別段たいしたことがないのでは。。。と思うようなことだったりもします(苦笑)

食事をしていた

「風林火山」

でもそれははじまりました。

冷奴を頼めば

「最高だ」

ホウレンソウのおひたしが来れば

「鰹節がのっていて素晴らしい」

お寿司のげたを見てわくわくしています。

普通の白いお皿の上に味噌汁のお椀。

そのお味噌汁をレンゲで飲んでいる隣の人を見て、

「味噌汁飲むときは箸だよね」

と言ってズルズルわざとらしく音を立てます。

得意満面にしかも彼の声は大きい。

そして、すべて日本語で通します。

これは私自身も彼を見て興味深いところですが、必ず日本語を使用します。

ギリシャではギリシャ語を使用します。

面白いことに英語しか通じない場所でしか英語を話さないのです。

どんなに間違っているギリシャ語でも、英語に置き換えようとはしません。

それがなぜだかよくわからないのですが、興味深さを覚えます。

日本語で語っている息子の話を仕事でギリシャに来ているような日本のビジネスマン風の方たちが、談笑をやめて彼の話を聞いているのがわかります(苦笑)

「お母さん、やっぱり日本てすごいよね」

でた・・・始まった・・・。

アテネにいるときは必ず行く日本料理屋さん。

私も行くのはうれしいけれど、一日2回は行くのはちょっと遠慮したいと思っているんです・・・。

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エラーザ35

アテネにいるときは、(友達といるとき別ですが)ほとんどギリシャ料理を食べません。

息子と二人で日本料理を食べに行きます。

それは決して日本料理が恋しいというわけではありません。

以前はかなりの食文化の違いにギリシャ料理を食べるのが難しい時もありました。

私は日本料理が恋しくて、やっとアテネで食べれたという思い出。

息子はアテネに来るときの日本料理屋さんに行くという思い。

特に息子のアテネの日本食屋さんについて思い入れはかなり深いものがあるようです(笑)

私はシングルマザーで息子の父親とは別れておりますが、息子は父親ともギリシャに行ったりもします。

その時もずいぶんと日本料理屋さんでの喜びようがかなりのようで、あとでその喜びようを教えてもらうほどです。

ちょっと話が飛ぶかもしれませんが、私は子供の教育について、金持ちでもないのにとても深く国際学校を希望しました。

「英語がしゃべれるようになるから」

というような気持ちはありませんでした。

私は、シングルマザーで子供を産み、その子供はギリシャと日本のダブルです。

ギリシャの文化も知らなければ、ギリシャ語、いえ英語も(当時は)わかりません。

ギリシャには行ってはいるものの、私が一人で決めていることは何もありません。

ギリシャ語も英語もわかりませんでしたが、どうやらかなり違う文化らしいということは肌で感じます。

子供はギリシャと日本のダブルです。

どうしよう・・・。

どうしよう・・・。

私は子供と二人でギリシャに残ることに決めました。

子育ても初めてなのに乳飲み子かかえてギリシャです(苦笑)

それでも、自分がギリシャで肌で感じたことがのちに繋がればと・・・。

ギリシャ語も彼が話ができるように傾けました。

教えるといっても、そこまでのギリシャ語のボキャブラリーはありません。

お風呂に入るときには必ず日本流の10まで数えるをギリシャ語で数えました。

発音は日本式のそのまま

「イーチィ、ニィー、サァーン」

「エーナー、ディーオ、トゥーリーア」

でした。

2歳で初めて数を息子が10まで言えたときそれはギリシャ語でした。

私は、彼(息子)がギリシャ語を初めてしゃべったのがギリシャ語だというのを喜んでいたのではなく、私は彼にギリシャ語をしゃべるツール(手段)をプレゼントしたと思いました。

「ギリシャ語」

を話せば

たとえそれが一つの単語でもささやかなコミニケーションがとれます。

10を数えられるようになった息子はギリシャ人からさまざまなギリシャ語を学びました。

数を数えることができると知れば、皆が息子に数を数えてくれます。

息子も数を理解しているので、聞けば面白いです。

「ナ ト 〇〇ムー(私の〇〇) キタ 見て (親指から順に立てながら)エナ ディオ トリア テセラ 1.2.3.4」

これで、

「ナト、キタ」

を覚えます。

今は完ぺきではありませんが、どうやら文法は私より彼がよろしいようです(苦笑)

そうして、子供の学校についての選択をしなければ習い時、ギリシャ、日本を含めて考えて、国際学校を希望しました。

ギリシャに住みのちに私が思った私の希望は

「アイデンティティ(自己の存在意識)」

をもってもらうことでした。

それには、一番国際学校が彼には将来的にあっているのではないかと考えたからです。

そう考えてから8年。

今現在の彼は

ギリシャ人として国際学校に通い、日本人としての誇りをもち(本人談)、中途半端な英語を使い・・・・。

近所のご婦人たちに育ててもっらている。

わたしじゃない(苦笑)

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エラーザ34

ギリシャ人として国際学校に通い、日本人としての誇りをもつ(本人談)息子はアテネにいるときは

「風林火山」

という日本食屋さんに行くことを強く強く希望します。

どのくらい強く希望するというと

「今日はどこに行こうか?」

「風林火山」

「ねぇ夜はどこに行く?」

「風林火山」

あげくに

「おみやげで焼きそば二つ」

です。

2日アテネに滞在すれば必ず

「風林火山」

です。

「すいません、また来ちゃって」

なんて、言い訳している私のことはお構いなし、とても楽しそうに注文します。

「冷ややっこ」

と注文をしている彼は間違いなく

「僕の国の豆腐を注文している」

という気持ちがありありと出ています(苦笑)

お財布係の私としましては

「一日たてば日本でシマ〇ヤの焼きそばをもやしたっぷりで3人前作ってあげるのに」

とせこいことを考えますが・・・。

彼はギリシャにきて風林火山さんで食べる食事が里帰りの食事なんでしょうねぇ・・・。

そういえば私も母の田舎に夏休みに行く時の汽車の途中、首からぶら下げているトレイでアイスを売っているおじさんから、アイスを毎年楽しみに買っていたなぁとかも思いました。

もしかして、彼の風林火山は私の汽車の中のアイスかな・・なんて。

サーブをしてくれたのはギリシャ人。

この間来たときは彼は厨房にいた。

えびプライの揚げ方が面白くて、その海老フライがおいしくて。

「この間来たときは、確か(あなたは)厨房で海老フライを揚げていたけど」

今は外なんだそうで。

ギリシャで日本料理屋、文化にかかわり20年以上になるんだとか

「エシ イセ ヅレビス ヤポニコ エゴ ヅレボ エリニキ シアトリオ スティン ヤポニァ私たち逆だね」

次の日のガリは大盛りだった。

彼とはもう一度ゆっく話したい。

ギリシャ人だけどなんだか日本人のようだった。

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