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エラーザ37 出会い

今回は仕事も含めてのギリシャでの滞在。

残念ながらギリシャでお世話になっていた人たちに会う時間がなかった。

お土産は日本の和菓子。

それが希望であった。

少しの洋服とたくさんの和菓子とCD。

栗饅頭に一口よもぎ、etc。

会って渡すことができなかったので電話をする。

「来ていたのは〇〇さんから聞いていてね、そう、パトラには来れなかった、残念だね」

今年は二男の方がご結婚をされたとか。

「〇〇島で挙げてね、友達はもうそれは大勢で、もうどんちゃん騒ぎよ、私たちは2時くらいまでホテルに戻ったけどね」

うれしそうにお話をしてくれる。

「パトラにはもう一人日本人がいるのよhappy01

そう教えてもらい彼女の自宅に訪問したときは、不思議な感覚がした。

郊外にある家から、ギリシャ家族と出てきた彼女はほんわかとした日本人だった。

そう、何の気負いもなく、

「こんにちは、はじめまして」

そして彼女は私の頬にキスをした。

「ひと段落着いたって感じですよね」

そんなことを思い出しながら、話を続けた。

「ええ、いろんな困難がありましたけどね、それは、長い、長い、道のりでしたけど、本当に一歩一歩でね、無事に元気で巣立って行きましたよ」

軍事政権からギリシャに住み続けた彼女の言葉は心に響きいい気持になる。

日本に戻りギリシャの仕事をしている今、仕事をしていなかったギリシャでの出会いは、私にとって特別なものとして、そして今も継続している。

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エラーザ36

ギリシャ人として国際学校に通い、日本人としての誇りをもち(本人談)、中途半端な英語を使い・・・・。

近所のご婦人たちに育ててもっらている私の息子は、日本をこよなく愛しています。

昨日も

「お母さん、やっぱり僕日本てすごいと思う」

このフレーズから始まると、日本がどれだけ素晴らしいか物語がはじまります。

それは別段たいしたことがないのでは。。。と思うようなことだったりもします(苦笑)

食事をしていた

「風林火山」

でもそれははじまりました。

冷奴を頼めば

「最高だ」

ホウレンソウのおひたしが来れば

「鰹節がのっていて素晴らしい」

お寿司のげたを見てわくわくしています。

普通の白いお皿の上に味噌汁のお椀。

そのお味噌汁をレンゲで飲んでいる隣の人を見て、

「味噌汁飲むときは箸だよね」

と言ってズルズルわざとらしく音を立てます。

得意満面にしかも彼の声は大きい。

そして、すべて日本語で通します。

これは私自身も彼を見て興味深いところですが、必ず日本語を使用します。

ギリシャではギリシャ語を使用します。

面白いことに英語しか通じない場所でしか英語を話さないのです。

どんなに間違っているギリシャ語でも、英語に置き換えようとはしません。

それがなぜだかよくわからないのですが、興味深さを覚えます。

日本語で語っている息子の話を仕事でギリシャに来ているような日本のビジネスマン風の方たちが、談笑をやめて彼の話を聞いているのがわかります(苦笑)

「お母さん、やっぱり日本てすごいよね」

でた・・・始まった・・・。

アテネにいるときは必ず行く日本料理屋さん。

私も行くのはうれしいけれど、一日2回は行くのはちょっと遠慮したいと思っているんです・・・。

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エラーザ35

アテネにいるときは、(友達といるとき別ですが)ほとんどギリシャ料理を食べません。

息子と二人で日本料理を食べに行きます。

それは決して日本料理が恋しいというわけではありません。

以前はかなりの食文化の違いにギリシャ料理を食べるのが難しい時もありました。

私は日本料理が恋しくて、やっとアテネで食べれたという思い出。

息子はアテネに来るときの日本料理屋さんに行くという思い。

特に息子のアテネの日本食屋さんについて思い入れはかなり深いものがあるようです(笑)

私はシングルマザーで息子の父親とは別れておりますが、息子は父親ともギリシャに行ったりもします。

その時もずいぶんと日本料理屋さんでの喜びようがかなりのようで、あとでその喜びようを教えてもらうほどです。

ちょっと話が飛ぶかもしれませんが、私は子供の教育について、金持ちでもないのにとても深く国際学校を希望しました。

「英語がしゃべれるようになるから」

というような気持ちはありませんでした。

私は、シングルマザーで子供を産み、その子供はギリシャと日本のダブルです。

ギリシャの文化も知らなければ、ギリシャ語、いえ英語も(当時は)わかりません。

ギリシャには行ってはいるものの、私が一人で決めていることは何もありません。

ギリシャ語も英語もわかりませんでしたが、どうやらかなり違う文化らしいということは肌で感じます。

子供はギリシャと日本のダブルです。

どうしよう・・・。

どうしよう・・・。

私は子供と二人でギリシャに残ることに決めました。

子育ても初めてなのに乳飲み子かかえてギリシャです(苦笑)

それでも、自分がギリシャで肌で感じたことがのちに繋がればと・・・。

ギリシャ語も彼が話ができるように傾けました。

教えるといっても、そこまでのギリシャ語のボキャブラリーはありません。

お風呂に入るときには必ず日本流の10まで数えるをギリシャ語で数えました。

発音は日本式のそのまま

「イーチィ、ニィー、サァーン」

「エーナー、ディーオ、トゥーリーア」

でした。

2歳で初めて数を息子が10まで言えたときそれはギリシャ語でした。

私は、彼(息子)がギリシャ語を初めてしゃべったのがギリシャ語だというのを喜んでいたのではなく、私は彼にギリシャ語をしゃべるツール(手段)をプレゼントしたと思いました。

「ギリシャ語」

を話せば

たとえそれが一つの単語でもささやかなコミニケーションがとれます。

10を数えられるようになった息子はギリシャ人からさまざまなギリシャ語を学びました。

数を数えることができると知れば、皆が息子に数を数えてくれます。

息子も数を理解しているので、聞けば面白いです。

「ナ ト 〇〇ムー(私の〇〇) キタ 見て (親指から順に立てながら)エナ ディオ トリア テセラ 1.2.3.4」

これで、

「ナト、キタ」

を覚えます。

今は完ぺきではありませんが、どうやら文法は私より彼がよろしいようです(苦笑)

そうして、子供の学校についての選択をしなければ習い時、ギリシャ、日本を含めて考えて、国際学校を希望しました。

ギリシャに住みのちに私が思った私の希望は

「アイデンティティ(自己の存在意識)」

をもってもらうことでした。

それには、一番国際学校が彼には将来的にあっているのではないかと考えたからです。

そう考えてから8年。

今現在の彼は

ギリシャ人として国際学校に通い、日本人としての誇りをもち(本人談)、中途半端な英語を使い・・・・。

近所のご婦人たちに育ててもっらている。

わたしじゃない(苦笑)

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エラーザ34

ギリシャ人として国際学校に通い、日本人としての誇りをもつ(本人談)息子はアテネにいるときは

「風林火山」

という日本食屋さんに行くことを強く強く希望します。

どのくらい強く希望するというと

「今日はどこに行こうか?」

「風林火山」

「ねぇ夜はどこに行く?」

「風林火山」

あげくに

「おみやげで焼きそば二つ」

です。

2日アテネに滞在すれば必ず

「風林火山」

です。

「すいません、また来ちゃって」

なんて、言い訳している私のことはお構いなし、とても楽しそうに注文します。

「冷ややっこ」

と注文をしている彼は間違いなく

「僕の国の豆腐を注文している」

という気持ちがありありと出ています(苦笑)

お財布係の私としましては

「一日たてば日本でシマ〇ヤの焼きそばをもやしたっぷりで3人前作ってあげるのに」

とせこいことを考えますが・・・。

彼はギリシャにきて風林火山さんで食べる食事が里帰りの食事なんでしょうねぇ・・・。

そういえば私も母の田舎に夏休みに行く時の汽車の途中、首からぶら下げているトレイでアイスを売っているおじさんから、アイスを毎年楽しみに買っていたなぁとかも思いました。

もしかして、彼の風林火山は私の汽車の中のアイスかな・・なんて。

サーブをしてくれたのはギリシャ人。

この間来たときは彼は厨房にいた。

えびプライの揚げ方が面白くて、その海老フライがおいしくて。

「この間来たときは、確か(あなたは)厨房で海老フライを揚げていたけど」

今は外なんだそうで。

ギリシャで日本料理屋、文化にかかわり20年以上になるんだとか

「エシ イセ ヅレビス ヤポニコ エゴ ヅレボ エリニキ シアトリオ スティン ヤポニァ私たち逆だね」

次の日のガリは大盛りだった。

彼とはもう一度ゆっく話したい。

ギリシャ人だけどなんだか日本人のようだった。

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パルテノンお客様語録018

「ブログを書かれていらっしゃる方ですか?」

 「はい、私です」

 「すみません、最近忙しくって更新していなくって」

「プレッシャーになると申し訳ないんで、でもいつも楽しく拝見しています」

   えへへ(汗)えへへ(汗)

   最近、ブログレターなどもいただくことが多くなりまして(汗)

   返信ができないことが多くなりまして(汗)

   でも、遅くなってもご返信はさせていただこうと思っております(汗)

   そうそう、語録18のお客様。

   今はギリシャにいらっしゃいますねheart04

   ギリシャ時間只今夜の7時。

   楽しんでいらっしゃることと思いますhappy01

   また、日本に戻られた時はギリシャのお土産話を聞かせてくださいね。

   メテオラは楽しかったのかなぁ・・・

   移動は大変だったかなぁ・・・

   そんな風に考えています。

   カロ デアスケダシ!楽しんで

   カロ タクシディ! よいご旅行を 

      

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エラーザ33 ギリシャ音楽

ホテルの朝食って好き。

ヴィフェで好きな食事をとり、コーヒーはおいしい。

しかも、朝からサービスを受けるなんて最高である。

腹八分目で部屋に戻ると生活感のない空間が部屋にあり、これもまた、日常生活から少し離れて気持ちが良い。

シャワーを浴びて身支度を整える時には、音楽を聴く。

ミュージックビデオのチャンネルに変える。

音楽って面白い。

流行している音楽が遠い国でも近くなっているのはたくさんあるが、それでもその国のものとミックスして曲が流れてくる。

日本ではちょっとNGとされて流されていなかった曲なども流れてきたりして・・・。

立ったままマスカラをつけていると、聞き覚えのある曲。

それは、古い曲。

長い間、ギリシャレストランのまわりをうろちょろしていると、自然にギリシャの曲が耳に入り記憶に残る。

テンポを変え、歌手が変わったその曲。

「これを買おう~cherry

と朝には考えておりました。

洋楽をチョイスして、ギリシャ音楽のある2階に来た時に真っ先に聞いたんです。

「えっと、なんて言うのかな・・歌はシメラですけど・・・歌手がわからない・・・」

そう言うと

たくさんのCDが山積みされたその横にお決まりのような飲みかけのフラッペコーヒー。

その前に小奇麗にしているとは言い難い男性が、無言のままCDの陳列棚の前まで歩いて行く。

後ろについて行くと、

「Μ」

の欄を探す。

何枚かのCDをガツリと取り上げ一枚一枚確認をする。

「ナ ト ほら」

一枚のCDを渡された。

「MARINERA」

のCD。

「10年間の彼女のヒット曲がCDの中に あるし、ほらシメラ

があるよ」

と題名を指す。

「えっと・・マリネーラじゃなくて・・・男の人で確か・・クリスト・・えっとクリスト」

ブツブツ言ってみたが

「シメラはこれだよ」

押しがやはり強い。

「じゃこれで」

そう諦めたことを知らない店員さん

「曲はシメラ、あなたは明日旅立つ」

得意満面に大きな眼が私を見る。

少し顔を横にしてにやりと口を横に広げ

「そう、明日帰るの日本に」

私はそう言いふっと笑う。

「よい、ご旅行を、あえてうれしかったよ」

店員さんに言われ店を後にする。

私がほしかった

「シメラ」

これ。

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