ライフワーク

仕事をたくさんしています。

よそ様にも仕事をしている、していると言われますが。

よそ様と長く共にしていると、仕事の量の現実にまたまた、仕事をしていると言われます。

余談ではありますが、そんな、よそ様も私と共に髪は乱れ、風呂には入れず、一心不乱に働いておりました。

飲むことも、ご飯を食べるのも、プライベートも、仕事もすべて交わっています。

そんな私もひとつまったくのプライベートな時間無理無理に作り、そのために時間を空けるものがあります。

週末の2日、一生懸命に時間をそのために空けました。

そのために一生懸命空けるのは自分のためです。

誰のためでもない、自分のため。

仕事はしていますし、子供もおります。

仕事もおかげさまで好きですし、子供(いろいろありますが)も大好きです。

仕事も子供も私とは別物です。

どんな形にせよ、いつかは離れるときが訪れるでしょう。

そうしたら、このライフワークをもっとのんびりやってみたいそう思います。

実は、このライフワークとっても疲れるんですけどね・・・(笑)

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誕生日4

  出会いをしたお二人と久しぶりに会う。

少し、遅れた私をJさんが誘導してくれて、マリーナの中に入った。

「Mさん、こんにちはー」

「久しぶりdanae,ごめんね顔出せなくて」

と挨拶をしたと思ったら、突然に大きな声で

「ねぇみんなー私の友達でda-ちゃん、本牧で一人でギリシャ料理をやってるの、今日バースディなの」

「・・・・・・・」

そんな、急にバースディと言われたスタッフの方たちがかわいそうではありませんか・・・。

それでも、バースディCDをかけてくださり、恐縮な気持ちで一杯である(苦笑) 

そんなことは一切お構いなしにことを運ぶMさんを見て

「やっぱりMさんだ・・・」

そう心で感じていたとき斜め横にカイピリーニャとワインをたらふく飲んでいたおじさん、(おっと失礼)いや、紳士が一人。

「ねぇ、あんたさ、俺を見て普通だと思うか?」

「はぃ?」

お昼だったので、つい志村けんのように聞き返してしまった。

「仕事は体を張って勝負しなきゃいかん、あんたやってるか?」

「多分、人並み以上に労働をしていると思いますけど・・・」

そう返答した。体を張るってこういうことらしい・・・。

Dsc01989 Dsc01996Dsc01923_2Dsc01992ねぇ、

どう思う

マリン・・・。

ギリシャ家庭料理のお店 パルテノンhttp://parthenon.sakura.ne.jp/

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誕生日3

子育てで仕事とは何年も離れていた。

一人になった私には協力はおらず。

Dsc01918 「やります」

と言い、手付かずになる依頼した仕事。

今でも不思議に思うのはなぜやると言うのだろうか、やれませんと言えばいいことだと思うのだが・・・念を押しても手付かずになる。

それは、やらないのより信用が落ちるので本人によくないと思うのだが・・・。

不思議だ。

そんなことがたびたびあり。

そんなことがあるたびに、

「何やってるの!そんなの信じるなちゅーの!」

そのときの私には厳しい意見に感じ。

ほろりと涙を流すと

「あーもういい!泣いて料理がうまくなるわけ?そんな女使って」

「もーしゃべりたくない!」

あたしってMかなぁ・・・(苦笑)

当初は全然やる気のない私をよく情熱を込めて怒ってくれたものである。

ここまでイライラッとさせるほど空気が読めない自分である(苦笑)

怒るばかりではない。

よく、本気のアドバイスをいただいた。

本気のアドバイスの後、怒られている(苦笑)

そんなMさんは私にだけ腹が立つだけではなく、このだらしないメンツにもご立腹でメニューがないパルテノンに

「もぉーdanae何やってるのよ!いい!うちの〇〇〇いかせるから!もう誰にも頼むな!」

そう言っって次の日には電話が

「どうも〇〇(会社名)の〇〇でございます」

あり、数日後には本社の常務がやってきた。

パンパンと手際よく作成をしていただいた。

すべて、ボランティアである。

そして今、また私の手付かずの仕事を見て、よいしょと腰を上げて新しいメニューを作成してくれている人がいる。

18人のお客さまがきたときに一緒にきて私がカップルと間違えていた男性Jさん。Dsc01890

バーべーキューの写真は彼の撮ってくれたものである。

すまないねぇ・・・。

ギリシャ家庭料理のお店 パルテノンhttp://parthenon.sakura.ne.jp/ 

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誕生日2

あまり、日がたたないうちにそのお二人は来てくれた。

今度は遠く離れた席ではなくカウンターに座ってくれた。

「この間、大変だったね」

優しい笑顔で男性が言う。

「ねっやってよかったでしょう」

そして、すぐに聞いた一言

「ねぇなんで飲食やってるの?」

「ごめんね・・多分飲食初めてだよね?」

いろいろ話をした記憶がある。

この人たちは何をしている人たちなのだろう・・・・。

「あのう、名刺をいただいてもよろしいでしょうか・・・」

帰り際、最後にお二人の名刺をいただいた。

名前の後ろにずらりと並んだお店の数数。

二人とも飲食業の経営者だった。

ここから、パルテノンはゆっくりと変化する。

ギリシャ家庭料理のお店 パルテノンhttp://parthenon.sakura.ne.jp/

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誕生日1

誕生日に仕事をするのは嫌いである。

自営業、保証もなければ休みもない。

ちっちゃな商店。

息子の誕生日と自分の誕生日とクリスマスは仕事をしない(きっぱり)。

「あら、ちょうどいいじゃない」

とMさんのスタッフたちとのバーベキュー会に今回参加をさせていただいた。

パルテノンのオープン当初、素人な私に、やるふり、遅刻にずる休みなスタッフ、今思うとずいぶんよい経験をさせていただと思う。

この人たちと一緒にやるか・・・どうするか・・・。

いなければ、実は困る。

「今いないと困るから、こっちが慣れたら切ればいい」

そんなことも言われた。

しかし、そのアドバイスも聞かず、結局は一人の選択をしてしまった。

子供はまだ小さく、シッターをつけていても急にシッターもこれなくなることもしばしば。

看板の明かりは付いていても鍵が閉まっていたというのは(今でも時々あるが 苦笑)日常のことであった。

ある日信号待ちをしている私の目におしゃれな大人の雰囲気漂う男女がパルテノンのドアをあけようとしていました。

あれっと開かないドアに店の中を覗く男性。

それを信号の先で見ていた私、急いで鍵を開けたいの気持ちはあるのだが・・・。

「今日は一組のお客さまを逃がしてしまったな・・・」 Dsc01912

そう思いながら子供と会い、また店に戻り仕事を始めた。

それから、少し時間がたったころ、お店のドアが開いた。

席を見渡し、女性が厨房から一番離れた席を選び 。

「さっき来たら閉まってたけど」

男性が文句ではない口調で言った。

いくつかの返答と共に女性は次第に怪訝そうな感じである。

山手が似合う、そんな感じの女性であった。

「どんなお店かと入ってみたけど」

そんな声が聞こえてきそうな重い空気。

もう二度と来ないそんな感じであった。

半ば、あきらめて働いていた私がドアを開ける音に気がつき振り向くと

「こんばんはー入れます?」

と流暢な日本語にきれいなグリーンな目の男性が立っていた。

後ろにはきれいな金髪の女性。

その後ろにはスキンヘッドの革ジャンのニーちゃんが・・・数え切れない・・・・。

「えっと18人くらいかな、もっといるかなぁ・・いち、にぃ」

との言葉。

当時はテーブルが4つあったが(現在は3つ)一組いるので入れない。

「あーすみません、ちょっと・・・入れない・・・」

それでも、立ち往生する外国人の方々。

すると、座っていたカップルの方が

「私たち帰るからチェックして」

と言った。

当初いたスタッフは全員やめてもらったばかり。

私は一人。

「あのう、私・・・無理です・・できない・・まだここにいてください」

そっとカップルの横にいってつぶやいた。

へっと言わんばかりにガックとずっこけて女性は大きなおめめをぱちくりした。

今まで怪訝そうなカップルが

「いや、やりなよ18人だよ」

「そうよ、私たちがどけば入れるでしょ」

なんだか一生懸命説得をしてくれる。

「いやぁ・・・無理・・できないです・・お願いです・・・一人にしないで下さい・・・」

そう哀願した。

チェックをしてと言っている初お客様の声を聞かずにである。(今、思い出すと笑ってしまっている自分が・・・)

厨房に戻ると女性が厨房まで来て

「これで足りるよね、また来るから今日は頑張ってやりなって」

「えーぇ・・でも・・無理・・・できな・・・い・・」

もじもじとしながら横を向いた。

半笑いしながらその女性は

「やりなって、お金になるんだから、ほら」

と私のエプロンにお金をねじ入れた。

「また、近いうちにくるから」

と言い。

やる気のない私を尻目に

「どうぞ、どうぞ」

と二人で外国人の方々を席に通し

「またね」

と相槌を打ち去っていた。

「あら、ちょうどいいじゃん」

と私の誕生日を今年もしてくれたMさんである。

ギリシャ家庭料理のお店 パルテノン http://parthenon.sakura.ne.jp/

                                                                                                                                 

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恵子へ・・・

恵子、お花が届いたよ。

恵子、どうもありがとう。

同い年の私たち。

飲みに行ってはいつも

「えっ若く見えますね!」

とお店の人があなたを見ていうのが何処のお店でも恒例でした。

そのたびに私が

「ちっ、まただよ、同い年だといってるのに、これだよ」

とすねるのも恒例でしたね。

申し訳なさそうに微笑みながら、嬉しそうな恵子。

そうそう、この間久しぶりにお店に顔を出してくれましたね。

お店の外から満面の笑みで手を振ってくれていたそうで・・・。

「私、danaeと間違えられたわ」

とお店に戻った私にギリシャから来ていた私のお友達から聞きました。

ギリシャのパトラで彼女がタクシーに乗ったとき

「ねぇ、前に乗ったの覚えてる?息子がいるでしょ〇〇〇〇(私の息子の名前)」

「私、danaeに間違えられちゃったわ、ぜんぜん似てないのに」

そう、私と彼女はぜんぜん似ていない。

ギリシャで間違えらてからの2度目の間違いは、恵子あなたでした。

あんなにたくさん一緒に飲んでいるのに、顔、間違えないでください。

「ふふふ、申し訳ありません」

そんな、恵子の声が聞こえてきそうです。

結婚願望がないといいながら、一番早く結婚しましたね。

いいんです、私、恵子からお花もらったから。

花粉は飛ぶからと花粉をもいだり、あーだーこーだと相変わらず皆さんいつもの方たちが一人にしてくれません(苦笑)

恵子の話で持ちきりでした。

そう、それはまるでギリシャのおばちゃんたちが井戸端会議をしているような感じで・・・。

誰も聞き役はいないのです。

お花、どうもありがとうね。

また、近いうちに会おうね。

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メル友

最近、メル友ができた♪

年は中学2年生、女の子。

国籍、大韓民国。

メールはつたない英語でやりとりをする。

10何年か前、彼女が生まれたときは日本から小さな、小さなベビー服を日本から送った。

その後、お母さんがその洋服を着せて写真を送ってくれたときは、その小さなベビー服もブカブカだった。

次に会いに行ったときは、まるで鯨の噴水が頭の上にあるような三つ網をしてよちよち歩きができた。

また会いに行くことができたとき日本からきた私のために友達のお母さんが彼女を預かるので蚕室の交差点で彼女を抱きママと離れると

「オンマー(おかぁーさぁーん)」

と叫び泣いていた。

それを、昨日のことのように覚えている。

心苦しかったんです、とっても・・・。

私が遊びに来ちゃったから・・・私のせいだ・・なんて。

子供がいる今なら、半日はなれるなんて・・大丈夫ぅーと余裕ですが。

あの

「オンマー」

は当時の私にはとても響きました。

そして、ギリシャで日本で悲しいことがあるたびに彼女の元に行き、横には彼女の子供と私の子供もいるようになり、ネガティブなトークを発射しているその横でベットをトランポリンにしたり、愚図る私の子供に

「はい、1,2,3(それしか知らない)」を

連呼していた 苦笑(泣き止むので)。

近くて遠い国と言われている国、お隣の国韓国。

その女の子が自分の写真を添付して、韓国の絵文字つき(韓国の絵文字は日本の絵文字と違うのを知りました・・)で近況を報告してくれる。

大きくなった。

今日は何年かぶりで声を聞けた。

「仕事が忙しくて・・・」

日本ではその一言で了解になるが、韓国ではそうはいかない。

熱いものを忘れていた・・・そう思わせる情熱がある。

英語と中国語を勉強をしている彼女。

もう少ししたら、英語の他に日本語も入れてメールをしようそう思っている。

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宿題2

本来、自分のプライベートな喋り方は

「ねぇ、ねぇ、あのさぁ・・」

とか

「エーマジでぇ?いただけないんですけど」

などもう少しで初老とは思えないほど、日本語を知らない喋り方である。

なので、素の私を知り、なおかつブログを呼んで下さっている方は

「danaeさんは誰ですかね・・・」

とか

首をかしげ

「かたい?かな?」

などと言う(苦笑)

です、ます調をあえてつかわず、

「もっと」

といつも話しているところを

「さらに」

と使い

「それともぉー」

と話しているところを

「あるいは」

と使っている。

文体に関しては小論文に携わっている、イスケビッチの影響が大きいと思う。

なぜなら、彼は話し言葉も書き言葉で話す。

某有名予備校で使う、彼の教科書をもらったときの率直の感想は

「っていうか、文面、イスケビッチの話し方そのまんまじゃん!」

おかしくはない、なぜなら彼は書き言葉だからである。

その中に引用例文があった。

それが、私のブログで公開する宿題。

そのタイトルは

「ドラえもん」

である。

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宿題

はっきりと言える事がある。

「学生時代よりも社会にでてからのほうが、はるかに勉強している」

ということである。

それは

「人生、死ぬまで勉強さ」

などというようなことではなく、

「勉強」

している、あるいは、させられている(苦笑)のだ。

私の先生たちのご指導は、さすがその道のプロだなと思わせる、その気にさせる名人である。

どんなものでも、実際は自分で行動をしていかなくてはいけない。

どんなに文面を上手に書けるように指導してもらっても、テクニックと書き手の気持ちとはまったく異なるものである。

だから現実にこうやってブログを更新したほうが文が生みな感じがするような気がする。

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